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士別市の概要

士別市の概況
(1)位置・地勢
 本市は、北海道北部の中央に位置し、道立自然公園「天塩岳」をはじめとする山々や北海道第2の大河「天塩川」の源流域を有する水と緑豊かな田園都市です。

 本市には、JR宗谷本線や北海道縦貫自動車道をはじめ、国道や主要道道が接続するなど、交通網は良好な条件にあり、北海道の中心都市である札幌市までは、車で約2時間半、JRでは約2時間でアクセスできます。

 本市の市域は、東西に58km、南北に42kmに広がりを持ち、行政面積は1,119.22平方キロメートルを有しています。そのうち約75%は山林です。

 気候は、四季の変化がはっきりとした内陸性気候で、5月から9月上旬までは比較的高温多照に恵まれますが、気温の日較差や年較差が大きく、また、11月中旬頃から降り始める雪は、平地でも1m、山間部では2mを超えるなど、積雪寒冷な豪雪地帯でもあります。
 平成19年の最高気温は32.8℃、最低気温は-25.45℃で、年間平均気温は5.9℃となっており、年間日照時間は1,499時間、降水量は802ミリメートルとなっています。
士別市の位置
(2)沿革
 本市開拓の歴史は、天塩川流域の豊富な水と肥沃な大地や緑の山々などの豊かな自然に恵まれるなか、屯田兵の入植や御料地の貸下げなどを背景に、先人たちの開拓精神とたゆまぬ努力のもと、農林業を基幹産業として発展してきました。

 明治32(1899)年に最北で最後の屯田兵の入植によって開拓の鍬がおろされた旧「士別市」は、昭和29年(1954)に当時の士別町・上士別村・多寄村・温根別村の1町3村が合併し、道内20番目の市として誕生しました。
 一方、明治38(1905)年の御料地貸下げによって開拓の歴史が始まった旧「朝日町」は、昭和24(1949)年に上士別村から分村独立し、昭和37(1962)年には町制を施行しました。
 以降、両市町はそれぞれに行政運営を進めてきましたが、地方分権一括法による分権型社会への移行や人口の減少と少子高齢化の進行、さらには多様化する住民ニーズへの対応といった時代背景のもとで、人的・財政的基盤の強化が可能な合併効果を最大限に活かしながら、住みよい地域社会の構築をめざして、自治体合併の協議・検討に入りました。
 
 平成16年4月には、「士別市・朝日町合併協議会」を設置し、合併後のまちづくりのあり方をはじめ合併協定項目の審議を進めるとともに、各種事務事業等の調整や住民説明会を重ねるなかで合併の道を選択、平成17年9月1日、新生「士別市」を誕生させ、新たな歴史を刻み始めました。
屯田兵
昭和5年当時の士別軌道
(3)人口・世帯
 本地域の人口は、昭和45(1970)年頃から、離農や都市部への労働力の流出などによって過疎化が顕著となり、その後も減少傾向で推移していますが、世帯数は微増から横ばい傾向となっており、一世帯当たりの構成人員は減少している現状にあります。

 平成2年から平成17年までの5年毎の経年変化でみると、年少人口の割合が17.3%から12.3%、生産年齢人口においても66.6%から58.8%へ減少しているのに対して、老年人口の割合は16.1%から28.9%へと増加し、顕著な少子化と高齢化を示しています。

 このように、人口の減少と少子高齢化が進むなかにあっても、緑にあふれ、元気で活力あふれるまちの実現に向けて、潤いある都市機能の整備や快適な生活環境づくりを進めながら、定住促進に努めるとともに、合宿や自動車等の試験研究、観光・レジャーなどによる交流人口を増やす取り組みを進めてきました。

人口の推移

  
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